一.矢師の修行

 昔は、矢師になろうと思ったら、親子でなければ弟子入りして丁稚奉公のように働いたようです。
 そして、来る日も来る日も荒矯などの基礎的なことばかりやらされたりしたようですが、
 これが「竹と話ができる」ために必要な修行だったのだと思います。

 現在のように工業製品の金属シャフトに羽根を張り付けて、
 糸もモーターを使って巻いたりするのであればさほどの技術は必要ないと思いますが、
 竹を満足に扱えるようになるのは並み大抵のことではありません。

 私が親しくしている矢師さんは、勘も良いのでしょうが昔風に鍛えられていることもあって、
 たとえば曲がりを見るために矢を転がしている時の音で目にみえない割れを見つけたり、
 箆を見ただけで板付の大きさを合わせられたり、
 測らなくても箆継ぎの材料の太さがぴったりだったりと、見事な職人の業を見せてくれます。

 ここ20年くらいの間に、急速に竹矢が使われなくなってきたこともあって、
 最近の矢師さんは竹箆を製作する機会が減ってきていますので、この先の技術の低下が心配されます。



二.竹矢づくりあれこれ

1.材料

 箆の材料は、矢竹です。
 矢竹は他の竹に比べて節が低いという特徴があるため、矢に用いられてきたということです。
 北は東北地方から南は沖縄までの分布ですが、宅地化などで里山では相当減ってきているようです。

 竹は開花すると枯れてしまうことから、まだ矢が武器として使われていた頃には、
 安定して良い材料を入手する必要があったため、一斉開花をさせないように藩ごとに
 いろいろと工夫を凝らしていたらしく、例えば姫路藩が瀬戸内海の離れ島に矢奉行を置き、
 異なる幾つかの系統を栽培して厳密な管理をしていたという話もあります。

 矢竹は、自然に生えているものをそのまま使えば良いというものではなく、
 日当たりや風通しを調整するなど、環境を整えないと箆張が強く片押しのない(強度にむらのない)
 良いものとはならないようです。

 このため、長年、同じ場所で繰り返し伐採している古くからの矢師の手元には、
 管理の行き届いた品質の良い竹が多いといえますが、都市化による里山の減少のあおりで
 伐採してきた山がなくなったりした方もいるようです。

 刈り取りの時期は地域によって少し違うようですが、的矢用や巻藁矢用の用途に合わせて
 2年竹や3年竹が使われるようです。
 一年目の竹を見ましたが、見た目は立派でもふにゃふにゃで、全く使い物にはならないものでした。

 私が何回か製作をお願いした東京の矢師の方は、
 秋の収穫の後に農家の方が刈り取ってくれたものを東京で乾燥させ、
 3月の声を聞く前に建物の中に入れて順次荒矯めしたそうです。

 その方は2代続けて名人矢師といわれてきた方ですが、刈り取る農家の方も2代にわたるということで、
 安定した竹を確保してきたようです。
 ちなみに、昔はその矢師さんがはねた竹で他の矢師が特上箆を作れたとかいう伝説?もあると、
 周囲の人から聞いています。

 普通の長さの箆用には、本節と言われる節の配置のものを使い、私のような1mを越える長い箆には、
 伸び節とか長節とか言われる節の配置になるのですが、
 需要が少ないのに荒矯めした竹の大量の在庫が必要ですから、
 長い竹を用意してくれている矢師は少ないようです。

 竹を4つ矢分揃えるのはなかなか大変で、私もあらかた節の揃ったものの中から選んだことがありますが、
 2本であればわりと揃うのですが4本だと数百本で2、3組しか取れませんでした。

 竹矢は、矢先側が竹の根元側になります。節の数は通常4つあり、筈側に行くほど間隔が広まります。
 弓で使う真竹も、末の方が間隔が広くなりますね。
 節には普通、芽が出ていますが、芽がないこともあります。
 特に射付節(一番矢先側)にはないことが多く、また、芽のない箆を好む人もいるようです。

 芽の出る向きは、節ごとに反対になるのですが、きちんと両側に出るばかりではなく、
 ねじれて出ることも多く見られます。
荒矯めの済んだ竹です。
節の下が細く、節の上の芽の反対側が太くなります。
産地や環境で、節やその上の高さが違うようです。
荒矯めの熱で、芽の一部は焦げています。
このまま削らないで矢にすると、
手を傷つける心配がありますし、太さも揃いにくいので、
皮を残す場合でも普通は節を削ります。